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未熟でも毎日続けるべき3つの理由

いろいろと書き並べてツイートさせていただきましたが、3つに絞るとすれば↓

  1. 実践がなければ永遠に未熟
  2. 恥こそ努力のきっかけ
  3. 何もないところから生み出す訓練

ブログだけに限らず何をするにしても、この3つは大切です。

以下のような理由で、「やろうと思っていること」を気持ち止まり、勉強止まりにしていませんか?

  • もう少し勉強してから
  • 人に見せられるレベルじゃないから
  • 納得がいくまで内に秘めておきたい

「やってみよう!」という気持ちはとても大切で、気持ちを維持するのは行動と成長です。

今回は、「未熟でも毎日続けるべき3つの理由」についてお届けします!

実践がなければ永遠に未熟

「何かをやろう」

「何かをやりたい」

漠然と、誰もが思うこと。

だけど、実際に行動に移す人は少ないです。

特に、30歳を過ぎると「想い」は持っていても実際に行動に移す人は激減します。

理由は、これまでになんども経験という名の挫折を繰り返して大体のことは中途半端に終わるということがわかっているから。

20代の頃に、「英語を喋れるようになろう!」と勉強するも挫折、「資格を取ろう!」と思うも挫折、挫折、挫折、挫折…

「やろうと」決めたことを成し遂げる前に、挫折して辞めてしまう。

ほとんどの人は「仕事が忙しくなったから」とか「自分には向いていないということがわかったから」とか理由をつけます。

そして、挫折を繰り返していくうちに「やってみる」ということへのブレーキのかけ方だけを覚えて「経験」と呼びます。

だけど、本当の理由は違いますよね?

本当の理由は

「自分が飽きてしまってつまらなくなったから」

ではないですか?

インプットばかりしていては、誰だってつまらなくなるもの。

インプットすることも大事ですが、実践の中でしか気づけないことはたくさんあります。

その「気づき」があるからこそ、やるべきことが面白くなってきます。

たくさんの実践を繰り返して、未熟を脱しましょう!

実践を知っているだけで、「今」自分に足りていないもの、必要なものがわかります。

ただ漠然とインプットを繰り返すよりも効果的です。

恥こそ努力のきっかけ

「恥をかくこと」を恐れていませんか?

未熟な自分を人に見られたら誰だって恥ずかしいものですよね。

ぼくは毎日ブログを更新していますが、今だって投稿ボタンを押す瞬間と投稿してからの数時間は恥ずかしさでいっぱいです。

だけど、恥ずかしさを我慢して続けていくうちに、恥ずかしいという感情は使い方を間違わなければ大切な感情だということに気づきました。

「恥ずかしい」という感情の使い方

「恥ずかしい」という感情は、ネガティブに使えば挫折に変わります。

  • 反応がなかったとき
  • 間違いを指摘されたとき

恥ずかしいという感情が積み重なった結果、行動をやめてしまいます。

逆に、ポジティブに使うと「次こそはもっとできるようになってやる」という努力のきっかけに変わります。

「恥ずかしい」という感情を努力に変えて、成長につなげましょう!

何もないところから生み出す訓練

実践を繰り返していくと、ゼロになる瞬間はやってきます。

どんなにインプットを繰り返しても、実践経験がなければ未熟です。

未熟な自分は、何もないところから生み出す能力を持っていません。

何もない状態が続くと、気づいたときにはフェードアウトしています。

だけど、ここでもう一踏ん張りして、絞り出す。

この経験は、次に何もなくなったときの自分を少しだけですが楽にしてくれます。

この経験を積み重ねていった先に、次のステージが待っています。

まとめ

こんな感じで、未熟でも前に進もうとする仲間を誘ってます。

誰だって初めは未熟です。

バナナだって、初めは未熟。

いきなり黄色くて甘いバナナが実るのではなくて青い(緑)バナナが熟して完熟バナナになるのです。

たくさん実践を繰り返して、たくさん恥をかいて、努力しましょう!

未来の自分が努力の延長線上にいることを信じて。