企画

今や化石?消えゆく駄菓子屋さん文化を守りたい。

先日、仕事で駄菓子屋さんのブースを制作しました。

「駄菓子屋さん」というお店を懐かしむ世代もいれば、存在を知ってはいても「行ったことがない」「見たことがない」という世代まで様々。
今の子ども世代は、駄菓子屋さんを知らない子がほとんどだそうで。

地域性もあるのでしょう。たしかに、東京で生活をしていて駄菓子屋さんてみかけないなーと。

群馬県の渋川市という田舎町で育ったぼくからすると、小学生の頃の土日の集合場所といえば「駄菓子屋さん」でした。

お昼をすぎたら駄菓子屋さんに集合して、お菓子を買って、近くの公園でお菓子を食べながら地球儀みたいなジャングルジムで学校の話やくだらない話をしながら時間を過ごす。

かつて遊んでいた駄菓子屋さんは、今は閉店してしまいました。小学生のころのぼくらの居場所だった公園も全面改装されてかつての姿はほとんど残しておりません。

大人になって考えて見ると駄菓子屋さんからたくさんのことを学びました。

お金の使い方や人間関係、礼儀・・・

駄菓子屋さんという存在は「小さな社会」をぼくらに教えてくれた大切な場所だったんだなーと。

駄菓子屋さんは、今の子どもたちにとって、懐かしい場所でもなく知らない場所となってしまいました。そんな駄菓子屋さん文化を今の時代、これから先の時代に残していけないものかと考えています。

駄菓子屋さんが教えてくれた社会

駄菓子屋さんからは、お金の使い方や人間関係、礼儀などたくさんのことを学びました。

ぼくが初めて自分でお金を使った場所といえば駄菓子屋さんだったんじゃないかと記憶しています。

学校が休みの日のお昼過ぎに友達に電話をして、「1時公園ね!」と伝える。机に散らばっている10円玉やら百円をポケットに突っ込んで、自転車を飛ばして公園に向かう。

すでに集合時間前に公園に到着している友達や、遅れてくる友達。とりあえず全員が集まってから駄菓子屋さんへ向かう。駄菓子屋の店員さんは、おそらく70歳か80歳くらいのおばあちゃん。「いらっしゃーい」とお店に入ると声をかけてくれる。

当時、家族以外の大人に慣れていないぼくは、とりあえず会釈だけはする。

お店には5円で買える5円チョコから10円ガム、300円くらいする今でも躊躇してしまうようなお菓子までお店の中にぎっしりと積まれている。

ぼくらはポケットの中の小銭を確認し、予算の中で買えるお菓子を小さなカゴに入れていく。もちろん、持っているお金を全部使い切ってしまうと、次のお金がなくなってしまうから慎重に。

お会計をするために、おばあちゃんにカゴを差し出して計算をしてもらう。駄菓子屋さんにレジなんてハイテクなものは置いていないから、おばあちゃんが一個一個「10円が2つ、20円が1つ・・・」と頭の中で足し算をしていく。

「全部で80円ねー」と言われて、ぼくはポケットから小銭を取り出して80円を渡す。

なんと頭がハッキリしているものか、おばあちゃんはいつも1円の狂いもなく合計金額を頭の中だけで叩き出してくれる。一度だけ、おばあちゃんの計算能力を試すために、普段なら1人ずつ会計をするところを3人でまとめて会計をお願いしたことがある。なるべく数が多くなるように、もちろん計算しずらいように5円チョコも散りばめて。

ところが・・・

「全部で375円ねー」

駄菓子屋さんのおばあちゃんは、1円の狂いもなく合計金額を叩き出した。なんと熟練された素晴らしい計算能力。間違いがないか計算しているこっちの頭が狂いそうだった。

お会計が終わると、いつもおばあちゃんが「どうもありがとねー。」と言ってくれるので、ぼくも「ありがとうございます。」と言って、店を出る。

そして、公園の地球儀みたいなジャングルジムでお菓子を食べながら学校の話や、くだらない話をしながらをして時間を過ごす。

お菓子が食べ終わったら、地球儀みたいなジャングルジムを飛び出して、ゴミをゴミ箱に捨てに行って遊びを始める。

この公園では、みんながなんとなくゴミをゴミ箱へちゃんと捨てる習慣があった。みんなが「公園をキレイに使おう」という意識を持って遊んでいた。それはきっと、公園の前の駄菓子屋さんのおばあちゃんが、時間があれば店前のゴミを拾ったり、ホウキで掃いている姿を目にしていたからなのだろう。

駄菓子屋さんには小学生の頃の思い出がたくさんつまっているとともに、その一つ一つに小学校を卒業する前に、そして社会に出る前に学ぶべきことがたくさん詰まっているんです。

消えた駄菓子屋さん文化

駄菓子屋さんは、コンビニやスーパーが次々と増えたことによって、消滅していってしまった。

先月、仕事で駄菓子屋さんのブースを作ったときに親子がきて子どもがお母さんに聞いた

「駄菓子屋さんってなぁに?」

お母さんが答える。

「お母さんたちが子どもの頃によく言ったお店だよ。」

ぼくが子どもの頃に通った駄菓子屋さんというお店は、いつの間にか「懐かしい」ものとなってしまった。

駄菓子屋さんという文化は、今の子どもたちには伝わらない消えた文化となってしまったようだ。

だけど子どもがお菓子を食べるという文化はなくならない。

今の子どもたちが駄菓子屋さん文化のない時代にお菓子を買うとすれば、コンビニやスーパーだろう。

コンビニやスーパーを否定するわけではないけれど、やはり駄菓子屋さんとは違う。駄菓子屋さんには、駄菓子屋さんの暖かみがあって、その暖かみが子どもたちを優しく成長させてくれる。

全国に駄菓子屋さんはどれほど残っているのだろうか。

駄菓子屋さんという文化は決してなくしてはならない貴重な文化。1つでも多く残していけるように考えていかなければならない。

今日はこのあたりで〆とします。

【今や化石。消えゆく駄菓子屋文化を守りたい。】

でした!

ありがとうございました!